苗床

菌床じゃないよ

週間日記(2024/07/01-07/07)

 

2024/07/01 Mon.

 昨夜はずっと雨が降っていて妙に寝つけず、夜中TwitterとPixivを徘徊していた。おかげで寝不足。

 日帰りで出かけて、福岡市内で独立系書店巡りの旅をしてみることに決めた。行きたい書店がいくつもあって、計画を立てていてとてもわくわくした。

 気になって注文していた、G・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』が届いた。1時間ほどかけて、最初のきりが良い所まで読んだ。ラテンアメリカ文学というのは今まで読んだことがなかったので、新鮮な気持ちで本を開いた。案外読みやすくてほっとしたし、何よりおもしろい。3月に大阪の国立民族学博物館でアメリカの食文化や服飾品についての展示を見てきたことが、登場人物達の生活の様子を想像するのに役立って嬉しかった。最近は思うように本を読めなくなったリハビリとして、とっつきやすいエッセイ等を中心に読んでいたけど、やっぱり文学作品というのはまた違ったおもしろさがある。おもしろいと感じられたことがとても嬉しい。登場人物の中に「アルカディオ」と名の付く人が5人、「アルレリャノ」も5人とあってかなりややこしくはあるけど、それも文化の違いとして興味深く感じる。

 

2024/07/02 Tue.

 今年の上半期に書いた日記を自分用に一冊だけ製本しようと思って、原稿を作った。目次や奥付も含めた本文の総ページ数は、256ページになる。Canvaを使って表紙も作った。後は本文の原稿をもう一度確認して入稿するだけになったけど、いかんせんページ数が多いのでなかなか気が乗らない。

 古本と新刊sceneさんで購入したTシャツが届いた。「READING CAN CURE LONELINESS(読書は孤独を癒やす)」というロゴが入っていて、普段ロゴTを着ない自分でも「これは絶対に欲しい!」とひと目見た時から思っていた。いつ着ようかな!

 

2024/07/03 Wed.

 近所の街路樹のさるすべりに、いつの間にか花が咲いていた。こんぺいとうのような形をしたふわふわの花がかわいい。

 母と話していて、話の流れで「苗さんは一人暮らししたがらないね」と言われたので、「してみたいとは思っているけど…」と白状した所、なんと一人暮らしをすることになった。まだびっくりしている!したいとは思っていたけどできるかどうか分からないことに、挑戦してみることになったのだから。「実家にいれば生活できるけど、やっぱり自立したい」「田舎だと車がないとまともに仕事にありつけないし、知り合いが怖い社交不安障害にとって何かと不自由な所があるけど、都会に出れば車がなくても通勤できるし、すぐに辞めることになっても別の仕事がいくらでもある」「どうせ老後も年金だけでは食べていけないし、だったら少しでも自活できるようになるかもしれない可能性に賭けたい」などと年単位でずっと考えていた考えを伝えると、あっさり、すんなり、OKが出た。勉強机を買い替えた時もそうだったけど、「自分には無理だ」と思っていたことが案外簡単に実現できるということはあるんだなあ。とりあえず、畑に植えているさつまいもの収穫を一緒にしようと祖母に言ってあるので、実際に行動へ移すのはその後になるだろう。

 

2024/07/04 Thu.

 オンラインカウンセリングで、一人暮らしをしてみようかということになっている旨を話した。念のため、主治医の先生に訊いてみてからが良いと思うと言われ、良い先生だなと思った。自分には無理だと思っていた行動を、他人が肯定してくれたり、気軽に背中を押してくれたりしてくれるというのは、こんなにも嬉しくて励まされることなのかと久し振りに思い出せた気がする。

 一人暮らしをするなら九州一の都会、福岡と決めている。当初の目的である書店巡りは、住みたい場所の下見も兼ねて一泊二日で出かけることにしたので、高速バスの日にちを変更し、ホテルを予約した。ビジネスホテルを取ろうと思ったけど、直前だからなかなか安いプランがなく、探しに探して「推し活」におすすめという変わったホテルにした。なんでも、YouTubeが見放題で、プロジェクターやスクリーンも利用できるらしい。何より、部屋の内装が物凄い。どんな部屋なのかは、実際に行って見てから日記に書こうと思う。

 晩ごはんに、夏野菜の焼きびたしを作った。豚肉、なす、ピーマン、ししとう、ミニトマトを焼いて、めんつゆとお酢を同量ずつ混ぜたたれに浸けるだけで、すごくおいしい夏のおかずができる。レシピを教えてくれたTwitter(Xとは言わない)に感謝。

 

2024/07/05 Fri.

 以前から賃貸サイトを眺めることはあったものの、いよいよ本気で物件探しをした。すごく良い物件を見つけたけど、なんにせよ主治医の先生の許可を得るまでは、物件については行動を起こさないようにするつもり。不安半分、楽しみ半分、やっぱり楽しみの方が圧倒的に上回る。

 畑の水やりをしていたら、ミニかぼちゃに実が生っているのを見つけた。全然気付かなかった!

 夜に散歩をすると、おしろい花やヤナギバルイラソウの花が咲いているのを見かけた。日差しの下でひまわりやジニアの花を見た時と同様に、夏が来たという感じがする。

 

2024/07/06 Sat.

 今年の1月から6月までの日記の原稿を入稿した。入稿という単語に対する憧れが強いあまり、使うのに妙な気恥ずかしさがある。去年は私の確認不足で、奇数ページと偶数ページで別に設定していた小口側の余白が、奇数ページなのにページ左側の余白が広かったり、その逆があったりと惜しい仕上がりになってしまった。今年もやらかしそうな気はするけど、自分用に一冊だけ製本するものなのでまあいいか。

 野菜を買いにスーパーへ行ったら、地元産の野菜や果物を扱う売場にバジルの葉が売られていた。しかも、にんにくと並べて置いてある。ジェノベーゼを作ってみたくなったけど、バジルが新鮮なうちに食べるタイミングがこの土日にはなかったので断念した。それにしても、おいしそうだったな。肉類を買いにはしごした別のスーパーには、同じく地元産の野菜のコーナーにすももがあった。真っ赤に売れていて、小さくてころんとした丸い形がとてもかわいらしい。10年近く前に半年だけ勤めた果物ジュース屋で飲んだすももジュースのおいしさを思い出して、少し迷った末に買った。氷とガムシロップと一緒にブレンダーにかけたら、それっぽいジュースになるんじゃないだろうか。

 畑のミニかぼちゃを収穫した。もう少し大きくできるものなのではとも思ったけど、せっかくまだ虫に食われもせずきれいな状態なので、思いきって早めに収穫することにした。小さいながらもかぼちゃらしいずっしりとした重さがある。中身は半分が種とわただろうけど、食べるのが楽しみ。赤と黄色のミニトマトもいくつか摘み取った。値段の手頃さで選んだ安い苗なのに、意外と甘味が強くておいしい。

 

2024/07/07 Sun.

 大きいショッピングモールへ行く。日曜日の店内の人の多さは凄まじかった。でも、色々な人のファッションが目に入るのは楽しくて、おしゃれを楽しんでいる人達を見るとうきうきしてしまう。黒のチュールのロングスカートを着ていたら、似たようなスカートを身に着けた人を他に2人ほど見かけた。お揃いだ。

 この店に来る度に買おうか迷って買わずにいたグラスを、ついに買ってしまった。我が家の猫のとらふくに似た猫のイラストがそれぞれ描かれているので、店頭にあった2個とも購入した。何か口実をでっちあげるなら、一人暮らしが決まった記念ということにしておこうかな。

 帰りの車の中で父がCDをかけていた曲が、なんかいいなと感じたので誰の曲なのか尋ねると、ラルフ・ルディンの「詩のない歌」という吹奏楽曲だった。曲名は聞き覚えがあると言ったら、「『絵のない絵本』みたい」と笑っていた。夢の中にいるみたいなきれいな曲で、聴いていてうっとりする。父がこの曲の指揮をする仕草をしていて、父が振るこの曲を聴いてみたいなと思った。

 日曜から月曜にかけての夜のTwitterの使用時間がなんと8時間もあった。よくそんなにTwitterを見られたな。ところが、その時にうんざりするまで見たからか、火曜日から今日までTwitterのスクリーンタイムは毎日30分以内で済んでいる。Twitterを見る時間を減らそうと試みては惨敗してきたので、これはかなり嬉しい。このまま維持できますように。七夕の願い事がこれか…。

 

週間日記(2024/06/24-06/30)

 

2024/06/24 Mon.

 広いコンサートホールの中で、迷子になったとらちを探し回る夢を見た。目が覚めてげんなりしていたら、元気づけるかのようにふくちがベッドに寄ってきてくれた。

 普段に比べて元気と食欲がないとらちを動物病院へ連れて行くための攻防があった。何かを察したらしいとらちは人間の手が届かないベッド下の奥の方へ潜り込んで、いっこうに出てこない。あの手この手でようやく捕獲に成功し、動物病院で診てもらうと、人間と同じように季節の変わり目で体調を崩したんだろうとのことだった。病気らしい症状も熱もなく、ちょっとした夏バテのような感じらしい。もしくは、ふくちにちょっかいを出されたストレスか、猫が換毛期になりやすい毛球症か、なんにせよ点滴を打って様子を見ることになった。猫は人間のようにどこが痛いとか調子が良くないとか伝えてくれる訳ではないから、もし何か病気でもしていたらどうしようかと心配していたので、本当に安心した。私がほっとしている一方、意に沿わない診察へ無理やり連れてこられた本人は、帰りの車の中で力強く鳴いて怒りを訴えていた。

 帰宅してキャリーの蓋を開けると、とらちは脱兎のごとく飛び出して、再びベッドの下へ逃げ込んだ。好きなおやつでご機嫌取りをしようにも、警戒しきって出てくるはずがないし、そもそも食欲もない。時間が経ってとらちの怒りが鎮まるのを待つしかない。

 安心すると絵を描きたくなって、撮り溜めたとらふくの写真を手本に落書きをした。模写というものを今まであまりしたことがなかったけど、なるほどこれは絵が上達しそうな、良い練習になる気がする。絵が上手くなりたいという気持ちももちろんあるけど、楽しく描くことができたのが何より嬉しい。

 

2024/06/25 Tue.

 とらちの元気と食欲がかなり平常の状態に近付いた。点滴ってすごいな!匂いを嗅ぐだけで食べようとしなかったかりかりも、少しずつだけど食べてくれている。とらちに元気が戻って、私もなんだか元気になった。猫の体調ひとつに自分でも驚くほど左右されて我ながら呆れたけど、これだけ心配できる対象が身近にいるというのは、それが人間でなくても幸せなことなのかもしれない。

 

2024/06/26 Wed.

 自室の観葉植物の手入れをした。水と化成肥料をやり、枯れた葉を取り除き、伸び放題になっていたホヤとグリーンドラムを剪定した。植物好きのふくちが興味津々で近寄ってきた。

 とらちはすっかり調子が戻って、いつもの甘えっぷりを見せてくれるようになった。お気に入りのおやつをせがんでにゃあにゃあとお喋りをする様子も、とてもかわいい。

 庭のハーブを摘んで、フレッシュハーブティーを淹れてみた。イングリッシュミント、モロッカンミント、レモンバーム、レモングラス、レモンバーベナの5種類の葉をポットに入れて熱湯を注ぎ、氷をたくさん入れたグラスに移すと、きれいな薄緑色のハーブティーができた。とにかく爽やかなさっぱりとした風味で、夏にぴったりという感じの飲み物だった。

 今日は特にTwitterを見ている時間が多かった。おすすめタブのアルゴリズムが変わったのか、それとも私がうっかりまずいツイートを見てしまったのか、趣味のアカウントなのに変なツイートばかり表示されてしまう。ネトウヨ、民族差別、ミソジニー、トランスヘイト、男女二元論、皇室や天皇がどうのこうのといった内容の、目に入るだけでHPがすり減るようなひどいツイートがタイムラインに湧いて出る。私が見たいのは、推しCP同人誌の新刊サンプルや2.5次元ミュージカルの俳優さんのオフショットなのに…。

 

2024/06/27 Thu.

 線状降水帯が発生するかもとのことで、気が滅入っている。嫌だなあ。

 近所の神社にヤブカンゾウの花が咲いているのを見かけた。柔らかいオレンジ色が目に鮮やかだった。

 かつ丼が食べたくなって、晩ごはんに作った。豚ロースを買ってきてとんかつを作ったら、衣が剥がれずに揚がっただけでも嬉しいのに、きれいなきつね色をした見るからにおいしそうなとんかつができた。2枚は玉ねぎと一緒に卵でとじて、1枚はそのままとんかつとしてソースをつけて食べてみた。得意料理を訊かれたらとんかつと答えてもいいんじゃないかと思うほどおいしくて、家族にも好評で嬉しかった。手間をかけた料理がうまくいくと、本当に気分が良い。

 

2024/06/28 Fri.

 身体を動かして汗を流してみるかという気が起こり、軽い気持ちでラジオ体操とYouTubeの「地獄の11分ダンス」と9分間の足パカに取り組んでみた結果、屍と化した。ものすごく汗をかいたし、明日の筋肉痛は確実に約束された。痩せることを目標にすると、決して簡単に達成できるものではないからなかなかやる気が持続しないけど、身体を動かすという行動自体を目標にするなら、10分15分じたばたやればクリアできるので良いかもしれない。

 今日もとらふくの絵を描いた。ボールペンでなぞった線画をスキャンして、デジタルで色を塗った。それなりにかわいく描けて満足。

 Twitterを見る時間を減らしたい!おすすめタブとトレンドを眺めている時間があまりにも不毛すぎる。心が荒むのが分かっていてそれらを見ている訳だから、一種依存に近いものがあると思う。3日間だけと期間を決めてアプリを(Bluesky以外の)SNS断ちをしてみようかとも思ったけど、やっぱりちょっと難しい。せめてSNSに振り回されず、SNSと上手に付き合えるようになりたい。

 

2024/06/29 Sat.

 一日当たり30分と決めて、TwitterとInstagramの使用時間の制限を設定した。特にTwitterに関しては、おすすめタブやトレンド、フォローしていない人の投稿を見るのは禁止というルールを設けた。スマホを持てばTwitterを開くのがすっかり癖になっているので、意識しないと難しかったけど、なんとか今日の分の使用時間を30分以内に収めることができた。嬉しい!Twitterを見なかった分有意義な時間の使い方ができたかといえばそうとも言い切れないけど、少なくともメンタル面の消耗を防ぐことができた。続くといいな。

 バースデーカードに使うイラストを描いた。とらふくとバースデーケーキ、何種類かの花をちまちまと描き込んで色を塗った。YouTubeで動画を流しながらの作業ではあったけど、集中して取り組むことができた。ケーキのデザインや何の花を描くか考えるのも、黙々とペンを動かすのもとても楽しかった。「ごはんやお風呂を後回しにしてまで今は描いていたい」と思えたのが久し振りで、そういう風に絵を描くことに夢中になれる自分がまだいたことに安堵した。子どもの頃と比べると絵を描く時間を持つことが各段に減ったから、ああ私はまだちゃんとお絵描きが好きなんだと感じられる瞬間があると、心底安心するし嬉しく思う。

 

2024/06/30 Sun.

 プランターに種をまいていたジニアが咲き始めた。まだ黄色しか咲いていないけど、他にも赤やピンクの花も咲くはずなので楽しみ。地植えしているミニトマトの一株に、ナス科の野菜によく発生する虫がびっしりついてしまった(画像を見たくないので名前を調べられない)。後で連日の雨に洗い流されることを祈って、殺虫剤をたっぷり吹き付けると、大量の虫がうぞうぞと蠢き出して正視できないほど気持ち悪かった。

 一人でちょっとした遠出をしたいという欲が湧き、出かけたい場所の候補をネットで検索してみた。日帰りか一泊二日くらいで、植物園や博物館、独立系書店などを見て回りたい。まだ行くと決めた訳ではないけど、交通手段も少し調べた。以前よく利用していた高速バスは随分値上がりしていて、「悪夢の民主党政権」どころじゃない自民党の悪政に改めてうんざりした。

 

週間日記(2024/06/17-06/23)

 

2024/06/17 Mon.

 オンラインカウンセリング2回目。マインドフルネスをやるよう熱心に勧められた。暇というか、手持ち無沙汰というか、マインドフルネスって退屈で苦手なんだよなあ…。「働けるようになりたい」という悩みについて、同じ職場で働く人達が「出会ったばかりの他人」の状態の時よりも、「ある程度親しくなってきた顔馴染みの知り合い」の状態になった時の方がしんどくなるので仕事を続けられなくなると話した。だから、これまでやってきた仕事のほとんどは働き始めて3、4ヶ月経つと苦しくなってきて、半年経つ頃には自殺を考えるほど追い詰められてしまう。その場限りの初対面の人に対してももちろん緊張して気を張るけど、これからまだ付き合いが続きそうな人間に対しての気の張りようはその比ではない。「知り合いが怖い」という長年の困りごとに対して、臨床心理士の先生が意外そうな反応をしていたのが新鮮だった。確かに、見ず知らずの他人よりも知り合いの方が圧倒的に苦手だというのは私の中ではすっかり当たり前になっていたけど、よく考えると、多分普通は親しくなってきた人の方が接しやすいんだろうな。そうか…。

 夜、とらふくの絵を描いたら楽しかった。動物の絵は難しくて書くのに苦手意識があったけど、写真を見ながら描くと格段に描きやすくて楽しいことに気付いた。幸い、猫の資料写真なら無限にあるし。

 

2024/06/18 Tue.

 久し振りに少し漫画を描き進めた。ペンタブはやっぱり扱いが難しい。今は日々のできごとや考えを主に日記の形で出力しているけど、以前は漫画として表現するのに夢中になっていた。漫画には漫画の良さがあるので、こちらもぼちぼち描いていけたらなと思う。

 父方の曽祖父が描いた絵を久し振りに見返したくて、以前写真に収めたデータをUSBの中から探した。膨大な枚数の写真の中から見つけ出した2枚の画像を見て、やっぱり絵が上手いなあと感心した。曽祖父は戦争で亡くなったそうで、もちろん会ったことはないけれど、スケッチブックに鉛筆でちまちまと描かれた小さなイラストの数々を見ていると、なんだか親近感が湧いてくる。私もこういう小さい絵をささっと描くのが好きだから、ひいおじいちゃんとお絵描きしりとりができたら盛り上がるだろうなと勝手に想像してしまう。

 

2024/06/19 Wed.

 USBに溜め込んだ、2010年代に撮った写真を見返した。今と変わらず、植物とお菓子の写真が多い。子どもの頃に習っていたバレエのレオタード、野山で見つけた見事なテングタケ、大学の講義中に白河夜船で書いたふにゃふにゃの文字、初めての一人暮らしを満喫していたアパートの部屋、いくつも作ったフェルト製のケーキ、お気に入りだった服や雑貨、半年間だけ正社員をやった時の飲み物とミニトマトしか入っていないレオパレスの冷蔵庫など、思い出の写真がたくさん出てきて懐かしかった。人が撮ってくれた自分の写真を見ると、本当にがりがりに痩せていてびっくりした。当時は特に気にしていなかったけど、20kg増えた今の自分から見ると、不健康そうな痩せ方にさえ見える。とはいえ、現在はやや太り気味なので、ちょっと羨ましくもある。

 今日も少し漫画を描き進めた。残るはペン入れがあと2ページ。

 

2024/06/20 Thu.

 5年前に考えて放置していた漫画のネタを、やっとペン入れして仕上げた。これで今の所、ネームまで考えた分のネタは全て漫画にしたことになる。多分。サイトに載せた分の漫画を数えたら、合計249ページもあって(きりが良いのであと1ページ欲しい)、よく描いたなあと我ながら感心するような、呆れるような。考えや悩みを四コマ漫画にすると、客観視できるというか、自分の中で扱いやすくなるというのか、当時は昇華の方法としてこれ以上のものはなかった。今はもっぱら漫画よりも文章として日記に書き連ねる方法を採っているけど、漫画には漫画の良さがあるので、溜め込んでいるネタをそのうちまた描けたらいいと思っている。私は自分の自己顕示欲を持て余してうんざりすることが生きていて多々あるけど、こうして何かしら自己表現しないと生きていけない人間なのだろうと最近は良い意味で諦めがついてきたような気もする。

 梅雨入りして最初の、スマホの緊急速報が鳴った。大雨による高齢者等避難と避難所開設の通知だったので、まだ慌てなくては良いものの、この音はとにかく心臓に悪い。4年前の水害の前夜もこの音がひっきりなしに鳴っていて、その晩は大して眠りもせずにせっせと飲み水やタオル、雑巾などを二階へ運んだり、トイレの逆流防止の対策をしたりして過ごしていた。あの時のざわざわした気持ちを思い出して、ただでさえ土砂降りの雨が降っていて不安になるのに、この通知音が余計に不安を煽ってくる。危険に対する正常な反応の範疇だとは思うけど、以前飲んでいたような不安を鎮める頓服薬を梅雨の時期だけ処方してもらおうかという考えさえ浮かんだ。

 雨が不安でも生活はしなければならないので、ちゃんと晩ごはんを作る。鶏肉と卵のさっぱり煮が特においしくできた。できたての温かいごはんを食べると、随分ほっとした。

 

2024/06/21 Fri.

 朝、目が覚めるとぴったり9時だった。10時間半も眠っていたことになる。寝すぎてちょっと頭がぼうっとするけど、心身がしっかり休まったという感じが確かにある。おろそかにしがちだけど、やっぱり睡眠って大事なんだなあと当たり前のことを思う。
 昨日の大雨はどこへやら、今日はよく晴れている。明日以降はまたしばらく雨が続くので、今のうちにと庭仕事に繰り出した。収穫時期の終わったボイセンベリーを剪定し、枝豆やにんじん、大葉、ひまわりの芽を間引きして、枯れ始めたジャーマンカモミールを引っこ抜き、畑の草取りをした。2時間ほど作業をして切り上げると、着ている服が汗でぐっしょりと濡れて重たくなっていた。家に戻ってぬるめのシャワーを浴びると、信じられないほどさっぱりした。毎晩面倒くさがりながら渋々入っているけど、お風呂ってこんなに良いものだったのか。塩分補給に塩昆布を食べると、塩気と旨味が身体中にしみ渡るようでやたらおいしく感じられた。この夏最初のすいかを冷やしておいたので、大きく切り分けてかぶりつくとこれがまたおいしい。すいかのおいしさは、暑さの中でたくさん汗をかいた後にこそ本領を発揮するものだと思う。汗を流してすいかをたらふく食べて、身体中の水分が新しく入れ替わったような心地がする。今、私の血管の中には血液じゃなくてすいかの果汁が流れているんじゃないだろうか。昨日は不安で心身が硬く縮こまっていたような状態だったけど、今日の私は陽の光を浴びて汗を流し、土と植物に触れ、旬の果物を食べ、生命力が充填されて満足してくつろげている。また雨で不安を感じる日々はしばらく続くとしても、明日の自分は今日のような不安を感じず日差しの下で満ち足りているかもしれないという希望や期待は忘れないようにしておきたい。

 

2024/06/22 Sat.

 なんとなくだけど、昨日からとらちの動作が少しゆっくりな気がする。食欲もあまりないようだし、どことなくしんどそうな表情をしているように見える。私の杞憂であればそれに越したことはないけど、心配。

 先日買った『長い読書』(島田潤一郎、みすず書房)を読む。引き込まれて、ほとんど一気に読み終えた。短いエッセイが多いから、SNSに慣らされきって長文を読む気力体力がすっかりなくなった自分にも読みやすい。やっぱり読書っていいなと思えて、嬉しかった。

 読書を楽しめた喜びに味を占め、寝る前にベッドで太宰治の『晩年』を少し読んだ。久し振りに読み返してもやっぱりおもしろい。

 

2024/06/23 Sun.

 「雨が続いているから、また家が浸水したらどうしよう」という不安と、元気がなさそうに見えるとらちの体調が心配なのと、もう何千回何万回と考えた「どうして自分は普通のことができないのか」という慣れ親しんだ自己嫌悪とが爆発して、久し振りに死にたさを味わった。久し振りと言っても、普段は蓋をしたり目を逸らしたりしているだけで、ゼロになっていた訳ではない。今こそ「メンタル終わり箱(メンタルが終わった時に温かい飲み物を飲んで持ち直すための、ちょっといいドリップコーヒーや粉末スープを入れた箱)」を開封すべき時だと思ったけど、自室の床に伸びたきり動けないので、ひたすらスマホを眺めるしかなかった。「死にたい」「つらい」「社交不安障害」などのワードをTwitterで検索しては、自称カウンセラーの無責任で自己陶酔的な発言に憤ったり、センシティブ指定無しに投稿された生々しいリストカットの写真にぎょっとしたり、もちろんそうしてタイムラインに張り付いていて気分が晴れるということはけっしてない。自分でも「SNSを見なきゃいいのに」と内心呆れ果てた。

 先日のオンラインカウンセリングでは、私の不安や考えは基本的に取り越し苦労で考えすぎなだけという旨のことを言われた。それで「なんだ、考えなくてもいいことなのか」と安心できたら良かったものの、こちらが真面目に悩んでいる内容を考えるに値しないものだと一蹴されたような被害妄想をこじらせてしまった。これもきっと、考えすぎだと言われるんだろう。ニュートラルな問題解決思考とマインドフルネスによって手放すべき雑念との違いは、考えていて「うっ」となるものだという。「また水害に遭って家が浸水した時に備えて、防災準備をしておこう」という考えは、私にとってはかなり「うっ」となる。せっかく日常の暮らしを取り戻した我が家がまた大量の泥に塗れると思うと絶望したくなるし、万が一被災した時に水や電気が復旧するまで自宅での垂直避難でやり過ごすための備蓄が万全かどうか、考えるだけで途方に暮れる。また、猫があまり食事を摂っていないことで身体が弱ったらいけないからと、食べられそうなものを模索して与えてみたり、ストレスになりそうな要因を除こうとしたり、「もしも何かしらの病気だったら」を想像して今できることをやるのだって、「うっ」となる。もちろん、人並みに働けるようになるために仕事について考えるなど、勘弁してくれと思わず誰かに泣きつきたくなるほど「うっ」となることだ。これらの問題は自分ではあくまで建設的に考えているつもりだけど、第三者から客観的に見ると単なる雑念に過ぎないんだろうか。考える必要のないものだと切り捨てられるよりも、「不安や問題、イレギュラーな事態などに向き合った時に出てくるごく自然な反応」とか、「これまで生きてきた中で身に着けざるをえなかった考え方」だとか、なんでもいいから肯定してほしかったなと勝手なことを考えている。これも雑念。

 政治や社会のことについても、分からないなりに憤ったり、落ち込んだりしている。どうしてイスラエルとそれを支持するアメリカなどによる虐殺を私達は止められないのか、どうしてパレスチナの人々が「ハマスが隠れているかもしれないから」という横暴がすぎる主張で大勢の命や健康、自由、安全、土地、文化、産業といったあらゆるものを奪われなければならないのか、どうして自民党の犯罪者達は逮捕もされずのうのうと政治家面をしていられるのか、どうして改憲などと言って泥棒が泥棒に都合の良い法律を作るのか、どうして今まで都知事をやってきた人が選挙を前に「大改革!」などと宣えるのか、どうして選挙ポスターを貼る場所で特定の国や性別に対する差別を扇動できるのか、もう本当に何もかも心底嫌になる。こういう悲しみや怒りも、「マインドフルネス」によってニュートラルな考えに仕立て上げなきゃいけないんだろうか。去年の今頃の日記を見返すと、そっくり同じようなことを書いていた。そして、「差別に対して怒ったり失望したりするのは当たり前で自然なこと」「差別に遭遇して怒りや悲しみを感じた時にするべきことは、認知行動療法だのマインドフルネスだので私個人の考えや気持ちを整理して鎮めることではなく、存分に怒って差別にNOと言うこと(思うこと)。差別に対して怒ったり悲しんだりできる自分であること」とも書いていて、去年の自分と固く握手したいような気分になった。分かってるじゃん。怒らなきゃならないような暴力や差別が起きていることは悲しむべきことだし、そうしたものはなくしていかなければいけないけど、暴力や差別に対して怒りや悲しみを抱ける人間であること自体はむしろ良いことなのかもしれない。良いも悪いも何も、人として当たり前のことかもしれないけど。

 夜、30分くらいかけて手当たり次第ノートに頭の中のものを書き出したら、脳内がデフラグだかデトックスだかされて少し落ち着いた。来年の自分と握手できるようなものが書けているといい。